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安くて、安全で、快適な家を 作りたい

家を、安く、安全に、快適に改築をめざす おやじの奮闘記

「ゆふいん」湯布院は由布院?

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由布院駅

「ゆふいん」は大分県の中でも

別府と並んでNO1の知名度だと思います。

 

 

昔の由布院町

 

昔5才から7才まで父親が国鉄(JR)に

勤めていたので転勤で「ゆふいん」に

住んでいました。

 

その頃は、まだ、何もなくて、

駅前には旅館とタバコ屋があって

閑散としていました。

 

今のようなモダンな駅舎や辻馬車

土産物店、食堂など華やかなものは

一切ありませんでした。

 

まだ、湯平町の方が湯治場として

栄えていた時代です。

 

 

 岩男町長構想

 

その頃、初代湯布院町岩男町長が

「産業・温泉・自然の山野の三つの融合」

をスローガンとし湯布院町を作っていきました。

 

その頃父も良く岩男町長の会合に出かけて

行ったのを小さいながらに覚えています。

 

岩男町長は由布院の長が付いている人を

集めて

 

湯布院を作って行くという事で湯布院町

の「長」が付いている人を集め会合を

開いていたと父親が昔話していたような

気がします。

 

父親もその頃は国鉄で「分区長」をして

いたので会合に出席していたのだと思います。

 

歓楽街も一切無く今のような湯布院の

形を作って行った姿は尊敬に値します。

 

日本のバーデンバーデンを目指して

 

湯布院を今のような観光地にしようと

「日本のバーデンバーデン」として

発展させて行こうと形づくられたのが

 

「亀の井別荘」の中谷健太郎氏や

「玉の湯」の溝口薫平氏

御両氏もその会合に出ていた

のではないでしょうか。

 

今は中々値段が高くて自分(わたし)

などは泊まる事の出来ない高級ホテル

になっております。

 

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「ゆふいん駅」

 

自分(わたし)も小学1年生の頃は

湯布院ではなく由布院と大人は

使っていたような気がします。

 

今は由布院でなく湯布院の方が

名前が通っています。

 

昭和30年に湯平と由布院が合併して

湯布院町ができたので

 

自分(わたし)達の小さい頃は

由布院と湯布院がどちらも使用

されていたのかもしれません。

 

今は市町村合併由布市となって

いて由布市湯布院町なので

余計分かりにくくなっています。

 

「ゆふいん駅」は

 

「湯布院駅」

 

でなく

 

由布院駅

 

だという事をご存知でしょうか?

 

たぶん、湯布院駅と思われている方の

方が多いと思います。

 

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由布院」「湯布院」

 

湯布院は由布山の裾野にある町で

由布院が昔は使われていました。

 

「ゆふいん」を

 

由布院にするか湯布院にするかは

難しい問題だと思います。

 

今の風潮に流されるか伝統を守って

行くかという問題にまでたどり

着いてしまいそうです。

 

「ゆふいん」は「ゆふいん」で良いのかな

とも思います。

 

ある人によっては湯布院でしょうし

ある人によっては由布院だと思います。

 

大分県民としては「ゆふいん」を十分に

楽しんで頂ければ良いと思います。

 

湯布院は先人の人達の

「産業・温泉・自然の山野の三つの融合」

をスローガンに創られた町です。

 

今の「ゆふいん」はその思いを引き継いで

日本のバーデンバーデンとして

創られてきています。

 

大分県にはまだ色んな効能を持った 

珍しい温泉も沢山ありますので

 

このブログを読まれた方達も是非大分に

来て頂いて「温泉県大分」楽しんで

頂ければと思います。

 

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